もおかのいちごびとインタビューvol.4 元エンジニア。栃木が誇るいちご学科で学び、"いちご日本一のまち真岡"で新規就農
「一粒の苺」に込めた情熱。理想の農園を目指す若手農家の現在地

日本一のいちごの産地として知られる真岡市で、いちごと生きる農家さんたちの想いを伝える【もおかのいちごびと】インタビュー。今回は、新規就農2年目「一粒の苺」を営む、宇都木裕太さんにお話を伺います。
農業はマラソン。家族と外国人スタッフと走る農園の今
-現在の農園の状況や、日々大切にされている活動について教えてください。
宇都木:現在は32アールの規模で、栃木を代表する「とちあいか」と白いいちごの「ミルキーベリー」を栽培しています。2024年6月に起業し、今は2年目です。
出荷のメインはJA(農業協同組合)ですが、2年目からは農園に念願の直売所をつくりました。他にも、市内のゴルフ場への納品や、ふるさと納税など、少しずつ販路を広げているところです。
▲栃木県を代表する品種の”とちあいか”
作業は私と妻、両親、そして2人の外国人スタッフを入れた計6人で行っています。実は1年目、20アールの規模を家族3人で回していた時は本当に大変で…。初めてのことばかりで作業にも時間がかかり、収穫期の半年間で休めたのは3日ほどでした。その苦い経験から、今シーズンはスタッフを増やして体制を整えました。外国人スタッフの2人は日本語も上手ですし、私の両親は彼らを本当の息子のように可愛がっています。みんなでご飯を食べに行くこともあるくらい、とても良い関係を築けていると思います。
私は「農業は短距離走ではなくマラソン」だと思っています。半年続く収穫期を走り切るには、気合いだけでは続きません。例えば日曜日はスタッフにしっかり休んでもらい、メリハリをつけて作業ができるようにしています。今年は自分たちでさらに2棟のハウスを建て、43アールまで規模を広げる予定です。しっかり休める体制をつくるためにも、新しい仲間を増やさないといけないなと考えています。
▲宇都木さんといちご栽培をしているスタッフの方々
エンジニアから「いちご学科」を経て、いちご農家へ
-1年目の経験が今のチーム作りにも活きているんですね。 宇都木さんがいちご農家を志したきっかけを教えていただけますか。
宇都木:もともとロボットや機械が大好きで、高校卒業後は工学系の大学へ進学しました。大学院修了後は、神奈川県の企業に就職し、エンジンの設計をしていました。転機はコロナ禍です。在宅勤務になり、一人パソコンと向き合う時間が増え、「このままでいいのかな。」と将来を考える中で、ふと幼少期の記憶が蘇りました。実家が農家だったので、祖母の手伝いで米や野菜を作って、収穫した野菜を知人に渡して喜んでもらった記憶を思い返し、やっぱり「自分で作ったもので誰かに喜んでもらえる仕事」はいいなと。さらに、以前神奈川で体験したいちご狩りも強く印象に残っていました。そのハウスは土足禁止でスリッパに履き替え、「汚れないいちご狩り」を体験しました。受付も直売所もハウスの中にあって、今まで体験したことがないいちご狩りに衝撃を受けました。
地元・栃木はいちごの名産地ですし、いちごは好きだったので、「これだ!」と思いました。妻に相談すると驚かれましたが、反対せず応援してくれました。まずは本屋へ行き、いちご栽培や就農に関する本を10冊ほどまとめて購入しました。気づけば3万円以上使っていましたね(笑)独学する中で研修の必要性を感じて情報を探していたときに、栃木県農業大学校に日本唯一の「いちご学科」が新設されるニュースを見つけました。1期生で入りたい気持ちもありましたが、そこは冷静に。研修中の生活資金をしっかり準備してから動くべきだと思い、3期生として入学しました。
▲いちご学科での、ハウスのビニル張替作業の授業風景
▲いちご学科でのいちごの定植作業の授業風景
入学当初は、両親のサポートも受けやすい小山市での就農を考えていました。色々調べる中で、真岡市が日本一のいちごの産地ということを知り、真岡市での就農を考えるようになりました。いちご栽培は、ハウスや機械設備に莫大な初期費用がかかります。だからこそ、中古ハウスを借りることを前提に、技術や情報が集まる真岡市なら理想の農地や相談場所が見つかる可能性が高いと考えました。運よく入学2カ月で中古ハウスの情報が見つかりました。2年制の学科だったので、就農のタイミングは悩みましたが、現地研修先の農家さんの助言もあって、予定より1年早く就農することを決めました。
決めたからには必死です。2年分の知識を1年で吸収するため、先生にお願いして2年生の授業に参加させてもらい、就農後を想定した「日割りの年間作業スケジュール」を作成するなど、できる準備はすべてやりました。
▲いちご学科での収穫作業の授業風景
▲いちご学科での選別・パック詰め作業の授業風景
スタートにあたっては、経営開始資金や経営発展支援事業、リフォーム支援事業など新規就農者向けの制度はしっかり活用しました。
就農直後は中古ハウスの整備からはじまりました。雑草の処理や細かい修繕など、自分の理想とする状態に整える作業はとても大変でした。育苗準備も重なり、ひとつひとつ手探りで進めていく毎日でしたが、「こんなはずじゃなかった。」とギャップを感じたことは一度もありません。いちご学科の実習で、猛暑での作業の大変さや、それぞれの作業時間を、ある程度イメージできていたからです。就農前に作成した年間スケジュールは、2年目になった今でも私の経営の大きな指針になっています。
▲収穫時期のハウス内の様子
厳しい声がリピーターに。多品種栽培と直売所にこだわる理由
-しっかり準備をして就農されたからこそ、ギャップもなく始められたんですね。 宇都木さんが心に残っているお客さんとのエピソードはありますか?
宇都木: 2025年12月に、初めてマルシェに出店をしました。そのとき、少し厳しい意見をくださった男性がいました。「これで完熟なの?」と言われたことを、今でもよく覚えています。正直、もう二度とお会いすることはないだろうと思っていました。ところが、2026年1月の直売所オープン初日。その男性が一番最初のお客さんとして来てくれたんです。正直来てくれるとは思っていませんでした。「美味しかったから、また買いに来たよ。」と言って来てくれたんです。しかも、看板を出していなかったので、場所が分からず周りの農家さんに聞いて探して来てくれたのだと知って、本当に嬉しかったですね。その出来事があって、改めて直売の魅力を感じました。せっかく作るなら、食べてくれた方の感想を直接知りたいし、地道に農園のファンを増やしていきたいと思うようになりました。
▲初めてマルシェに出店した時の様子
経営が安定するまでは「とちあいか」一本に絞って栽培したほうが良いという声もありますが、私はあえて多品種にこだわりたい。直売所に来た時に、「ここでしか買えない品種がある」「次はこの品種を食べてみよう」と、選ぶワクワクを感じてほしいんです。
だからこそ、一番美味しい時期のいちごだけを届けたい。納得のいく味を出すために、直売所はあえて1月~3月の期間限定にしています。来年には、今の品種に加えて「とちおとめ」と「スカイベリー」も仲間に加わります。4つの品種が並ぶ直売所で、栃木のいちごの奥深さを楽しんでもらえたら最高ですね。
▲宇都木さんの農園のいちご
エンジニアから転身した宇都木さんの壮大な"夢"と次世代への"エール"
-お客様との出会いを大切にされている宇都木さんですが、これから「一粒の苺」をどのような農園にしていきたいですか?今後の展望を教えてください。
宇都木:まずは、農園の規模拡大をしつつ、「一粒の苺」というブランドを、真岡市だけでなく、栃木県、日本全国、そしていつかは世界にまで広めていきたいと思っています。自分一人ではなく、家族や一緒に働いてくれている外国人スタッフのみんながいるからこそ、うちのいちごをたくさんの人に届けていきたいですね。そして、私の個人的な夢もあります。いつか「いちごのデパート」を作りたいなと思っていて…。そこは、うちのいちごだけじゃなくてもいい。全国には美味しいいちごを作っている素晴らしい農家さんがたくさんいます。そんな各地の厳選されたいちごを一箇所に集めて、対面でその魅力を伝えられるようなお店をやりたいんです。やっぱり私はいちごそのものが大好きだし、その奥深い魅力を多くの人に届けたい。実現できるかは分かりませんが、それが私の究極の夢ですね。

-宇都木さんの想いが詰まった「いちごのデパート」ができる日が、今から待ち遠しいです。 最後に、新規就農を考えている方へ向けてメッセージをお願いします。
宇都木:真岡市での就農は、間違いなく「大正解」だと言い切れます。ここは栽培技術のレベルが非常に高いですし、「いちご生産量日本一」という最強のブランドがあります。これほど強い産地は他にないと思います。
人生は一度きりです。リスクばかりを考えて足踏みするよりも、「思い立ったが吉日」で一歩行踏み出してみてほしいです。私自身、エンジニアを辞めてこの世界に来て、もちろん大変なこともありましたが、それ以上に今がとても充実しています。
この日本一の産地で、切磋琢磨しながら一緒に真岡のいちごを盛り上げていける仲間が増えることを、私も楽しみにしています。

「"一粒の苺"を世界に広めていきたい。」と、いちごへの熱い情熱を語ってくれた宇都木さん。【もおかのいちごびと】は、これからも"まちのつくり手たち"の声を伝えていきます。
◆宇都木裕太さんプロフィール
日本一のいちごのまち・真岡市で「一粒の苺」を営む宇都木裕太さん。大学院卒業後、7年間エンジニアとして勤務したのち、栃木県農業大学校のいちご学科で学び、真岡市で新規就農。現在は約32アールの規模で"とちあいか"と"ミルキーベリー"の栽培を行っている。
▼直売所オープン当時のポスター
▼一粒の苺Instagram
http://www.instagram.com/hitotsubu_no_ichigo
▼栃木県農業大学校いちご学科ホームページ
http://www.agrinet.pref.tochigi.lg.jp/noudai/
取材、文章、写真:及川 瞳(真岡市地域おこし協力隊 いちごのまちコーディネーター)




更新日:2026年04月09日