海外駐在プラントエンジニアからナス農家へ。 農業を、地域を未来へつなぐ挑戦を寺内から。まちつくインタビューvol26

更新日:2025年06月12日

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栃木県真岡市で、まちづくりに取り組む方々の想いを伺うインタビュー!今回取材したのは、脱サラしてUターンし、家業を継いで三代目ナス農家となった賀川元史さん。数百億円のプロジェクトを動かし、海外駐在も経験した賀川さんが、真岡で農家になることを選んだ理由とは?地域での新たな挑戦について、たっぷり伺いました。

賀川 元史(かがわ・もとぶみ)/ Heartich Farm(ハーティッチファーム)代表
真岡市生まれ。高校を卒業後、横浜市の総合エンジニアリング会社に就職しプラントエンジニアとして数カ国の海外駐在を経験。2018年に脱サラしてUターン、実家の農業を継ぎハーティッチファームを始める。第6回栃木県農業大賞芽吹き力賞部門で県知事賞を受賞。2025年には、真岡鐵道寺内駅で地域とつながる体験イベント「とことこテラウチ」を主催。stand.fmにて「農業で心も懐も豊かにするチャンネル」音声配信中。

 

「ごほう美ナス」に「胡みゅにてぃ~」…ユニークなナス農家

―賀川さんのご活動について教えてください。
 
真岡市寺内でハーティッチファームを経営しています。夏場は露地、冬場はハウスで、ナスを主作物として栽培しています。ナスは、独特なえぐみや皮の硬さで苦手な方もいらっしゃると思うのですが、そういったデメリットをなるべくなくして、甘みが強くて食べやすいのがハーティッチファームのナスの特徴です。
 
栽培上のこだわりは土づくり。野菜は、育ちやすい環境をしっかりつくってあげると自然と美味しくなるんです。うちでは、祖父の代から70年以上、野菜栽培用に育てられてきた土に、できるだけ微生物の働きが活性化するよう手を加えています。微生物がよく働くと、土の柔らかさが全然変わってくるんですよ。鉄の棒を刺してみると、耕す前は30センチしか刺さらなかったところが、今は80センチくらい刺さるように。下の方までふかふかの土になっています。ナスの根は60センチほど伸びるので、柔らかい土の中で地中深くまでしっかり根をはり育つことができます。   
 
販売方法にもこだわっています。農協への出荷だけでなく、直接お客様に届けたいと考えて、自社のインターネットでの販売や、民間の産直プラットフォームへの出品をしています。売上は農協が7割で、今年は個人向けの販売が3割まで伸びました。どうやったらダイレクトにお客様に野菜を販売できるか、日々挑戦しています。
 
その中で生まれたものの一つが「ごほう美ナス」。ナスを買うとき、ほとんどの方はなるべく安いものを買いたいと思っているでしょう。そのような消費材としてのナスではなく、自分のため、大切な人のためにちょっとしたご褒美になるような、ここでしか買えない嗜好材としての美味しいナスを作ろうと考え、形にしました。ごほう美ナスは、一般社団法人日本野菜ソムリエ協会が主催する野菜ソムリエサミットで金賞も受賞しています。
その他にも、珍しいところでは国産胡麻も栽培しています。国内で消費されている胡麻はほとんどが海外産で、国産胡麻の国内流通量は0.1%以下。作業工程が細かく、機械化が難しいため、人手が必要になります。そこを、福祉施設の方に手伝っていただいたり、グリーンツーリズムの体験としてさまざまな方に農業に関わっていただいたりしながら、みんなで胡麻を栽培しています。
胡麻は売上というより、コミュニティづくりのツールとして考えています。長閑な農村風景の中でみんなでワイワイ手を動かして汗をかく。普段農業に関係ない人にも農業に触れてもらう機会になればと思っています。胡麻栽培のコミュニティ「胡(ご)みゅにてぃ~」には、昨年のべ100人以上が参加してくれました。
 
ー作物をつくるだけでなく、コミュニティ活動も行っているのですね。
 
さまざまな方に、農業に関わる機会を提供したいと思っています。私は農家で育っているから農業が身近でしたが、一般の人と農業の間には見えない壁があると感じていて。それを取り払って、農業のよさ、大変さなどをもっと身近に感じてもらいたい。農業をもっと近づきやすい職業にしたいと考えています。
胡みゅにてぃ~の他にも、「ナス苗の里親プログラム」も実施しています。里親さまのご自宅の室内で1ヶ月間育ててもらったナスの苗を、ハーティッチファームに返送していただいて畑に移植し大きく育て、収穫したナスを他の野菜とともにお届けするサービスです。食育にもなりますし、家庭菜園などのスペースがないお宅でも気軽に農業体験することができます。
 
農業は、新規就農する方も法人化する方もいらっしゃいますが、この辺りだと基本的にはほとんど世襲なんですよ。もっと個人レベルでもいろいろな人が挑戦できる業界にしなければ、これから先農業は廃れてしまうと思うのです。
 
さまざまな体験を通して農業を身近にするとともに、もっと稼げるようにして、就職の選択肢の一つとして認知されるようにしたい。一般の人にとって敷居の低い、入りやすい業界にしていきたいと考えています。

会社ではなく、自分の力でどこまでできるか

―賀川さんは脱サラされてご実家を継がれたそうですが、元々は農業にご興味は?
 
農業は身近でしたが、子どもの頃は絶対にやりたくないと思っていました(笑)。
 
ーそうなんですか(笑)!
 
まず泥で汚れるのが嫌いでしたし(笑)この地域を飛び出したい、世界で活躍したいと思い、世界中でプロジェクトを遂行する企業のプラントエンジニアになりました。30歳くらいまでは会社の中で認められてポジションを獲得することを考えて働いていましたし、割と自分の意見も言える環境で仕事をさせていただいていましたが、会社員は、どこまでいっても組織の中でしか動けないんですよね。一生会社員のままで過ごしたら、死ぬときに後悔するだろうと思いました。
 
そんなとき、会社を横断するような良いポジションを推薦いただきました。これを受けたら、もうこの会社を辞められないなと感じました。そこで思い切って会社を飛び出し、自分の力でどこまでできるか挑戦することにしたのです。40歳の節目でした。
 
何をするか考えた時、出てきた選択肢が農業でした。40歳では、一から事業を立ち上げるのはリスクが大きい。一方で実家は農業をやっていて、必要な機械なども揃っていたので、それを生かして挑戦するのが一番リスクが無く、自分のやりたいことをやるために効率が良いと思ったのです。だから、農業がやりたくて農業についたわけではないんですよね。子どものころは嫌だと思っていた農業ですが、今の自分の目標を叶える最善の手段が農業だという感覚の方が勝って、2018年に真岡に戻って農家になりました。
 
ー実際にUターンして農家になってみて、いかがですか。
 
自分でつくったもので皆さんに喜んでいただけて、それがダイレクトに収入として返ってくることにやりがいを感じます。前の会社では数千億円を動かすような仕事もありましたが、規模が大きすぎて、実際に自分の働きがいくらになっているのか実感がありませんでした。今は頑張った分だけ返ってくるので充実感がありますし、自分の好きなやり方でお金を稼げるのが楽しいです。
 
実際、収穫量を含めて、思い通りにならないジレンマはいつも感じますよ。でも、それも含めて楽しいんですよね。キャッシュが少なくてヒリヒリするときも「経営しているっ!!」って感じで楽しんじゃう(笑)。成長する先がまだまだあるというか。さらに上を目指していくのも、その選択肢の幅が大きいのにも良さを感じています。

一人ではなく、みんなでやる

ー農作物をつくるだけでなく、「胡みゅにてぃ~」や「とことこテラウチ」のイベントなど、さまざまな取り組みをされていますね。そういった活動をされるようになったきっかけは?
 
今ももちろん、作物をつくってしっかりとお金を稼ぎ、安定した農業経営にすることは第1目標です。でも、周りと一緒に何かをやったり、応援してもらえたりした方が、自分のモチベーションにもなるし楽しいなと感じるようになったのです。
 
きっかけは、直売を始め、お客さんとやりとりする中でいろいろな声をもらうようになったこと。例えばナスを買ってくれている方が、「賀川さんのナスを買うのは、自分にとってご褒美のときなんです」と言ってくだいました。自分の目指した価値をわかってくださったと心強く、とても嬉しかったです。この言葉が「ごほう美ナス」のブランド名のきっかけにもなりました。掛けていただいた言葉がそうしたヒントになることもあります。
 
胡みゅにてぃ~も、みんなで作業すると人との関係性が深くなって面白いですね。ただ、参加してくださるのは宇都宮やつくば、県外など地域外の方が多くて。地域で、特に同世代とのつながりがほしいと思って始めたのが、寺内駅での体験イベント「とことこテラウチ」です。
 
真岡に戻ってきた当初は、地域内や子どもを通した学校関連のコミュニケーションはあっても、同世代とのつながりが無い状態でした。昔の同級生はいるのかもしれないけれど、付き合いはなかったですし、地域に青壮年のコミュニティもなかった。最初は仲間を集めて勉強会をやろうかと思いましたが、目標がない集まりは続かないだろうなと二の足を踏んでいました。そんなことを考えていたときに、寺内駅に真岡珈琲ができ、人が集まるようになりました。これを活かさない手はありません。そこで、身近な仲間に声をかけ、駅前のイベントを企画する実行委員会を立ち上げたのです。
 
現在は、30代~40代の20人ほどの有志が集まっています。自主的に地域をみんなで楽しくしようと活動してくれる頼もしいメンバーです。寺内駅前の場所を使って、それぞれがやりたいことを提案し、みんなで応援し合いながら実現していく組織にしたいと考えています。
 
ー4月に開催された第1回のイベントも盛況でしたね!
 
600人近くの人が来てくれました!想像以上の人出で、実行委員の我々も大喜び!イベントを見た子どもたちから「自分達でものをつくって売りたい」なんて声も出てきたので、今後は地域の方々や子ども達も活躍できる場所・仕組みを取り入れていきたいですね。
 
真岡に戻ってきた当初は、子ども達の減少で中村東小学校が閉校したり、地域の繋がりが希薄になっちゃったなと感じていました。でも、この数年は「まちつく」を含め、街をどうにかしなきゃという動きが目に見えて始まっている。良いなと思います。ただ、それぞれの動きが点で終わってしまっているので、もっと市全体をつないでいけるといいなと思いますね。寺内は真岡と二宮の間なので、あちこちと連携しながら、まち全体での盛り上がりを作りたいです。まずは自分達の取り組みをみて、他の地域でも「地元の有志だけでここまでできるんだ!」「地元を盛り上げる何かがやりたい!!」と思う雰囲気が生まれるといいなと思います。

▲寺内駅で開催された第1回とことこテラウチ。老若男女、大勢の人で賑わった

農業をキャリアの選択肢の一つに

―ありがとうございます。最後に、今後の展望を教えてください。
 
今後は、まずは事業をもっと大きくして、しっかり稼げるようにしたいです。ゆくゆくは法人化して、新規就農者が農業に入ってきやすい仕組みを自社からつくっていきたいです。栽培技術を身につけるまではうちの土地と技術を活用しながら会社で働いて、その後独立してもいい。「農業といえばハーティッチファーム」と言われるような農家になっていきたいですね。
 
とことこテラウチの取り組みも続けて、グリーンツーリズムとして農業も組み合わせていきたいです。周りの生産者さんたちも潤う仕組みを作りたいですね。ちょっと壮大すぎる夢ではありますが、寺内駅の周辺に楽しく自然と触れ合いながら、ゆっくりと過ごせる農業のテーマパークのようなものをつくりたい!胡麻づくりをしている場所が、長閑で気持ちよくてとても良い風景なんですよ。そんな景色の中で、気軽に自然体験・農業体験ができる場所をつくれたらと思っています。

▲「胡みゅにてぃ~」の様子。 作業後にみんなでお昼を食べながらの一枚

取材、文章、写真 : 粟村千愛(真岡市地域おこし協力隊)

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