妊娠、出産、子育ての、孤立と不安に手を当てる。家庭環境の負の連鎖を断ち切るために。【vol.14増田卓哉さん】

更新日:2023年10月03日

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栃木県真岡市で、まちづくりに取り組む方々の想いを伺うインタビュー!
今回は、妊娠、出産、子育てを包括的に支援する「そらいろコアラ」共同代表理事の増田卓哉さんにお話を伺います。

そらいろコアラのぬいぐるみをもって穏やかに微笑む増田卓哉さん

増田卓哉 特定NPO法人そらいろコアラ共同代表理事/小児科医

栃木県小山市出身。自治医科大学に入学後、DV被害母子を長期支援する認定NPO法人サバイバルネット・ライフの活動に参加。初期研修後、真岡市の芳賀赤十字病院に勤務。日光市立湯西川診療所の所長などを経て、地方独立行政法人栃木県立リハビリテーションセンター小児科勤務。2020年、相談窓口 コアLINEをスタートさせ、そらいろコアラを設立。2022年、真岡市に支援拠点そらいろポケットを開設。

 

コアLINE:https://page.line.me/610seylk?openQrModal=true

 

相談窓口と支援拠点で妊娠、出産、子育てをサポート

増田さんのご活動について教えてください。

 

誰もが健康で、安全に、安心して生活できる社会の実現を目指すNPO法人、そらいろコアラの共同代表をしています。

 

そらいろコアラの具体的な活動は2つです。まず、妊娠、出産、子育てのあらゆる相談を受け付ける無料LINE相談窓口「コアLINE」。助産師、保育士、社会福祉士など専門職の相談員チームが、公式LINEで相談にのります。県内外から約1000人にご登録いただいていますね。

 

行政でも相談窓口はあると思いますが、休みの日や夜間に、緊急の対応が必要な場合もあります。コアLINEは365日24時間対応しているのが大きな特徴です。

 

相談員は約20人ほどで、ボランティアで参加してくれています。チームには専門職の方だけでなく、若年出産の経験者やシングルマザーの方もいます。病院の診察の延長のようなものではなく、相談者に寄り添った当事者目線の回答ができるよう心がけています。

 

もう一つは、医療現場や支援機関と連携した子どもや妊産婦さんの居場所「そらいろポケット」。真岡市にある私たちの支援拠点です。スタッフと地域ボランティアで運営していて、基本的に週2-3日開けています。必要とされれば臨時で開けることもありますね。

 

周囲に頼れる支援者が少なく孤立しがちな方、相談できるサポーターがいないような、シングルの方や、子育てに不安や負担感が強い方など、さまざまな方が利用してくれています。育てにくいお子さんの育児で、休む時間も取れない、ご自身の生育歴が複雑で、子どもをどう育てたら良いかわからないと悩んでいる方などもいらっしゃいます。

 

そらいろポケットは、例えるなら実家のような場所です。子どもがお風呂に入るのを嫌がって入浴が大変な場合は、お風呂に入れてあげる。自分の時間が取れない場合は、お母さんがゆっくりする間、たっぷり遊ぶ。そのとき必要な支援をしています。管理栄養士さんが常駐しているので、美味しいご飯も食べられます。行き場所がない時の居場所になれればと思っています。

 

活動を通して、何を目指していますか。

 

家庭環境の負の連鎖を断ち切ることです。子どもは、生まれる環境を選べません。例えば、父母の生育歴が複雑で愛情を受けた経験がない子どもが成長して自分の子どもを産んだとき、どう育てたらいいかわからない場合が多いです。そもそも子育は誰も正解を持たないものですが、育て方がわからないと話す方の過去を聞くと、そう思うのも当たり前だなと感じるんです。

 

でもそこに誰か他の大人が手を当ててあげられたら、変わることもある。誰か信頼できる大人に出会うことで、変わっていくことができるのです。病院の中だけではできることに限りがあるので、病院の外で、必要としている人にその手当てができることを目指しています。

インタビューに答える増田さん

福祉の網の目をすり抜けてしまう子どもたち

増田さんが活動を始められた経緯を教えてください。

 

大学生の時、DV被害母子を支援する団体でボランティアをしていたことがきっかけです。そらいろコアラも、その団体で一緒に活動していたメンバーを中心に立ち上げています。

 

さかのぼると、小学生の頃から、同じクラスのいじめられたり万引きしたりしている子が気になっていました。そんな子に対して周りの大人が「あの子の家は家庭環境がそうだから、ああなっちゃうんだよ」と言うのを聞いて、すごく嫌な気持ちになったんですよね。周りの大人は完全に他人事で、その子の責任にされてしまうんです。子どもたちにも事情があるんだよと思っていました。

 

そういう子の直面している問題を自分ごとに捉えられる大人になりたいなと思ったんです。小学校の時何もできなかったあの子たちに何かができないか。そう思い、大学生のときには児童施設や発達支援の施設など、さまざまなボランティアに行きました。でも、あまりしっくりきていなくて。そんな中でDV被害母子を支援する団体に出会いました。

 

その団体は拠点を持っていて、食事の提供もしていました。初めてそこに来た子どもは、すごい勢いで何日分もご飯を食べて、吐いてしまうんです。次はいつ食べられるかわからないから、そうなってしまうんですね。いろいろな大人にわざと嫌がることを言っては、それでも受け入れてもらえるか試す、試し行動も強く見られました。

 

しかしそれが、その団体で一緒に過ごすうちに変わっていきました。環境によってこんなに変わるんだとびっくりしました。

 

虐待されて育った子どもの3分の1は、自分が親になったとき虐待をしてしまうと言われています。虐待してしまうかそうでないかの違いは、どこで生じるのか。それは、信頼できる大人に1人でも出会っているかどうか、それだけなのです。一人でも信頼できる大人に出会うことができれば。子どもたちに寄り添える存在になりたいと考え、そこで小児科医になることを決意しました。

 

その後、医師になってから真岡市にある芳賀赤十字病院で働き始めました。芳賀赤十字病院は、育児で困難を抱える可能性がある家庭に妊娠前から関わり、子育てを見守っています。中学生で妊娠してしまった子に家庭環境などを聞いていくと、そうなるのも無理はないなと感じました。出産しても育てていくのが難しく、うまく子どもと接することができずに、虐待などのリスクが高まってしまうのです。

 

小学生の時に気になっていた子どもたちの人生と繋がった感じがしました。ここで手を当てることができなければ、この連鎖が続いてしまうのです。家庭環境の負の連鎖をストップしたいと強く感じ、それが私のミッションになりました。

 

病院では、予防接種や体重測定などの機会を持って継続的にコミュニケーションをとっていきました。それが実って、虐待を未然に防げたこともありました。あるお母さんが、「私、虐待しています、子供を保護してください」と伝えてくれたのです。

 

子どもに傷はありませんでしたが、口を塞いでしまったことがあると教えてくれました。通常、お母さんの方から言ってもらえることはまずありません。妊娠前から信頼関係を築いてきたことで、お母さんからSOSを出してくれました。その結果、病院で子どもを保護してもらうことができました。

 

SOSをキャッチできれば、SOSを発することができる関係や仕組みを整えれば、もっと多くの人が助かるかもしれない。そう感じて2020年、コアLINEを立ち上げました。

コアLINE相談員チームの皆さん

コアLINE相談員チームの皆さん

当初は、県内にかかわらず全国から広く相談を募集しました。しかし、活動を開始して間もない2021年1月、小山市で女子高校生がトイレで出産し、赤ちゃんは死亡、高校生は逮捕されてしまう事件が起きたのです。まさに妊娠や出産の相談窓口をしているのに、必要としている人に届かなければ意味がないと痛感する出来事でした。そこから周知を強化し、実際の支援に繋げられるよう栃木県内に特化して活動するようになりました。

 

加えて、当時栃木県には全国に広がっている「にんしんSOS」が設置されていなかったので、設置を希望する署名を集め、県に提出しました。1万6503人の署名が集まり、11月には実際に窓口が設置されました。

 

今は、コアLINEに県内の相談も増えてきました。親にも妊娠したことを言えない高校生が相談してくれて、市役所に連絡をとって産婦人科の受診に繋げられた例もあります。小児科医として、自宅出産で生まれた赤ちゃんが救急搬送されてくるケースを見てきているので、それが予防できているのは成果として大きいと感じています。

 

子育てでも、子どもを叩いてしまっているといった相談を受けたら、相談者さんの同意を得て「健診で声をかけてもらうよう保健師さんたちに共有しますね」とお伝えして、実際に支援に繋げることもあります。「助けて」「困っている」と自分から声をあげるのは難しい。だから、匿名のLINEでうっすら拾って、支援できるところに伝えてあげるのが一番良いと考えています。

 

拠点を作ろうと思ったのはなぜですか?

 

病院で働いているころ、気になるお子さんを見つけても、行政窓口に相談する以外にできることがないことに感じたもやもやがきっかけです。あるヤングケアラーの中学生が外来に来て、「家に帰りたくない、保護してほしい」と言われたことがあるんです。その子は兄弟が多く、下の子を見なければいけなくて勉強もできない状況でした。

 

関係機関と連携して、地域でその子の居場所がないか探しましたが、見つかりませんでした。せっかくSOSを出してくれたのに、守ることができなかった。この地域で安心できる場所が必要だと感じました。その経験があったので、真岡に拠点を作ったのです。2022年にまずはアパートの一部屋を借りて、居場所づくりを始めました。

 

現在は今の拠点に引越ししていますが、まだ宿泊まではできません。本当の居場所にはなっていないかもしれませんが、地域の福祉の網の目をすり抜けてしまう子どもたちに手を当てられる場所になっていると思います。

そらいろポケットオープン時の集合写真

そらいろポケットオープン時の集合写真

信頼できる大人との出会いが連鎖を止める

今後の展望を教えてください。

 

コアLINEとそらいろポケット、2つの事業を連携できるといいですね。最初はコアLINEで相談していたけれど、途中で行き詰まってしまったとき、ここに来てみてほしいと伝えてコミュニケーションを取れるようにしたいと思います。真岡市をモデルにして、いろいろな地域で窓口と支援拠点の連携を実現できるといいですね。

 

それぞれの地域に居場所やサポートがあっても、実際の支援には繋がっていない場合もあります。そらいろコアラがその繋ぎ役になれればと思います。私たちが全部やるのではなくて、いろいろな団体とそれぞれ協力しあって、誰もこぼれ落ちないように支援の網目を広げていけるといいと考えています。

 

あとは、そらいろコアラのことをより多くの方に知っていただきたいです。今のスタッフさんやボランティアの皆さんは本当に素敵な方ばかりなので、皆さんのことをもっと知っていただきたいですね。私たちの活動が誰にも相談できずに自宅で出産するようなことをなくしている、本当に価値のある結果を出していることを伝え続けたいです。皆さんにはすごく感謝しています。

 

世の中は自己責任論になりがちですが、どういう環境で育って、今どんな状況で子育てをしているのかが見えれば、なぜ子どもを虐待してしまうのか、連鎖がわかると思うのです。その背景にみんなで共感したり、生きづらさを分かち合ったりできる世の中になるといいなと思います。

 

私はよく「手を当てる」という言葉を使います。病気や怪我の処置を施すことを手当てと言いますよね。手を当てるだけで体や気持ちが楽になることが由来だそうです。

 

そらいろコアラで相談窓口や拠点を作っても、来てくれる方の家庭環境も生育歴も変わりません。良い方向に導くとか、解決策を与えられる訳じゃない。でも、手を当てるだけで変わることがある。手を当ててくれた誰かとの出会いが、負の連鎖を断ち切ることもあると思うのです。だからこれからも、必要な方に手を当てられる活動を続けたいと思っています。

そらいろポケットの玄関前で撮影した増田さん

取材、文章、写真 : 粟村千愛(真岡市地域おこし協力隊)

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